ザメンホフは、「エスペラント語」という国際語をつくった人である。希望ある人という意味のこの言語は、1887年に公表されて以来、現在も普及活動が続いている。
[瑛九]がエスペラント語に出会ったのは兄杉田正臣の影響で、1934(昭和9)年のことである。
[瑛九]の自由を好む性質は、世界中の人々が平等に意見を交換できるようにとつくられたエスペラントの思想と通じるところがあったのだろう。
[瑛九]はこの後、熱心にエスペラント語の普及に努める。
[瑛九]は、
[日本美術学校]時代には
[レンブラント]を好んだこともあった。この作品もヨ-ロッパの古い肖像画によく見られる暗い色調で描かれ、威厳のある肖像画になっている。