桃甫は、大正10年から昭和21年まで台湾で過ごし、美術教師として後進の指導にあたった。その当時の作品はほとんど残ってはいないが、桃甫の教え子たちの話から、桃甫の作品は赤い色が印象的だったようである。また、「絵には中心がなければならぬ」という桃甫の言葉を台北高校時代に教えを受けた
[津田雄一郎]が覚えている。リンゴのどういった特徴を描くか、描く対象のどこに心をひかれたのか、常に桃甫は自分に問うていたのであろう。この作品でも、赤い色が真っ先に目に飛び込んでくる。熟したリンゴと柿の赤が見るものをひきつける。