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長谷寺は、西都市三納集落の後背地、標高200mほどの山中にある。古来霊場と伝えられており、現在もクス、シイ、カシなどの大木の樹林があって、その雰囲気を残している。建立は養老元(717)年、高僧徳道上人によって開かれたと伝えられている。 大永2(1522)年、春に大火に遭い、行基菩薩の作と伝承された仏像をはじめ、旧記、宝物類を焼失した。これを惜しんで、当時の都於郡城(現西都市)の伊東伊祐が、越前国の仏師重厳と周兼を招いて造物し、再興したと伝えられている。 本尊である十一面観音立像は高さ約22尺(667cm)、脇侍の聖観音菩薩像と勢至菩薩像は、各々14.5尺(439cm)とされ、慈愛に満ちた大型仏像として尊崇されてきた。しかしながら、三尊は昭和20年の枕崎台風によって建物とともに倒壊し、頭部・体部・手足部が散逸した。このため三尊の頭部のみが観音堂に安置され、仏体部分は解体状態のまま保存されてきた。 平成13年の調査で躯体部の木材から造物時の体内墨書銘が発見された。これにより「天文9(1540)年八月」「別当清邊」「佛師周徹」等の文字をはじめ、願主名、造立願意、大工小工の名などが確認された。 本県の中世仏教文化に関する貴重な史料であるとともに、本県の絵画・彫刻史上特に意義のある資料である。 |
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