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古墳時代学習キット

コンテナ数2 点数21
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古墳時代学習キット一覧 【写真をクリックすると拡大されます】
  • 土師器(はじき)=弥生土器の系統(けいとう)をひき、古墳時代やその後の時代まで続く淡黄~赤褐色の 素焼(すやき)の土器です。野焼きに近い方法で、700~800度前後の温度で焼かれたと思われます。
  • 須恵器(すえき)=朝鮮半島から伝来した技術で焼かれた、古墳時代の中頃から平安(へいあん)時代まで見られる青味(あおみ)がかったねずみ色の焼物です。登り窯(のぼりがま)を用い、1,100度前後の高い温度で焼き、固く仕上がります。
No. 種類 資料の
名称
よみがな 説明 点数 写真
1,2 須恵器 坏身、坏蓋 つきみ、つきぶた 古墳時代以降、最も一般的な器(うつわ)の一つで、皿よりもやや深い器です。ものを入れる方を坏身(つきみ)、蓋(ふた)を坏蓋(つきぶた)といいます。下耳切(しもみみきれ)第3遺跡〔高鍋町〕出土。 2
3 須恵器 台付短頚壺 だいつきたんけいつぼ 首の短い壺形に脚(あし)のついた須恵器です。飲み物などを入れたのでしょうか。瀬戸前(せとまえ)1号横穴墓(おうけつぼ)〔宮崎市〕出土。 1
4 須恵器 短脚高坏 たんきゃくたかつき 短い脚(あし)のついた須恵器(すえき)の高坏(たかつき)です。食べ物の盛り付け、祭事(さいじ)・儀式(ぎしき)などに使われた容器だと考えられます。下耳切第3遺跡〔高鍋町〕出土。 1
5~7 須恵器 須恵器片 すえきへん 須恵器(すえき)の甕(かめ)〔7〕・提瓶(さげべ/ていへい)〔5〕・坏蓋(つきぶた)〔6〕の一部です。表面に様々な文様がありますが、容器を強くするために叩いた跡です。須恵器の製作過程で行われた調整(ヘラなどで形を整えること)のあとがわかります。〔7〕は外面に平行のタタキ目〔格子状(こうしじょう)〕が、内面には同心円文(どうしんえんもん)が〔5〕は外面にカキ目が、〔6〕は内外面とも回転ヘラけずりの横方向のナデが施(ほどこ)されています。下耳切第3遺跡〔高鍋町〕出土。 3
8 土師器 高坏 たかつき 浅い椀形(わんがた)をした上部に脚(あし)のついた土器です。食べ物などを盛り付けたと考えられます。下耳切第3遺跡〔高鍋町〕出土。 1
9 土師器 かめ 口が広く、胴部(どうぶ)がふくらみます。煮炊(にた)きに使ったり、大型のものは水甕(みずがめ)に使われたりしました。上の原(うえのはる)第1遺跡〔宮崎市清武町〕出土。 1
10 土師器 はち 底から口にかけて開いていく盛りつけ用と思われる土器です。山口遺跡〔延岡市〕出土。 1
11,12 石器 砥石 といし 砥石(といし)は弥生時代以降本格的に使われるようになりました。古墳時代には、玉や鉄の道具を磨いて、玉類を加工したりするのにも使われていたと考えられます。下耳切第3遺跡〔高鍋町〕出土。 2
13 石器 磨石 すりいし 旧石器時代に使われ始めた磨石(すりいし)は古墳時代にもなお使われ続けました。食べ物などをすり潰(つぶ)すのに使われていたと考えられます。下耳切第3遺跡〔高鍋町〕出土。 1
14,15 石器 敲石 たたきいし 磨石(すりいし)と同じく時代を越(こ)えて使われ続けた道具の一つです。食べ物の加工、調理や、顔料(がんりょう)の粉砕(ふんさい)などに使われたと思われます。下耳切第3遺跡〔高鍋町〕出土。 2
16 装飾品 耳環 じかん 古墳時代に使われたイヤリングです。銅製のリングに金や銀のメッキを施(ほどこ)して、耳を飾(かざ)りました。内城跡〔宮崎市佐土原町〕出土 1
17 装飾品 管玉 くだたま 縄文時代に起源(きげん)を持ち、弥生・古墳時代に盛んにつくられました。碧玉(へきぎょく)などの石を材料として当時の職人が加工しました。多くを紐(ひも)に通して首飾りなどに使われました。志戸平遺跡〔新富町〕出土。 1
18 装飾品 ガラス小玉 がらすこだま 多くを数珠(じゅず)つなぎにして、首飾(くびかざ)りなどに仕上げられました。この玉はガラス小玉ですが、ヒスイや蛇紋岩(じゃもんがん)、滑石(かっせき)などで作られたものもあります。宮ノ前第2遺跡〔高千穂町〕出土? 1
19,20 鉄器 鉄鏃 てつぞく 古墳時代には鉄製の矢が一般的になりました。先の尖(とが)ったものだけでなく、逆台形〔圭頭形(けいとうがた)〕の形も使われ始めました。迫内(さこうち)遺跡〔宮崎市〕出土。 2
21 鉄器 鉄剣 てっけん 考古学では両刃で鎬〔(しのぎ)刃の間にある縦筋、稜線(りょうせん)〕を持つものを剣(けん、つるぎ)、片刃のものを刀と呼んで区別しています。古墳時代の剣は武器や祭事・儀式の際に使われていたと考えられています。迫内(さこうち)遺跡〔宮崎市〕出土。 1

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