千手観音菩薩坐像及び脇侍像(三躯)
( せんじゅかんのんおよびわきじぞう(さんく) )
指定者 |
県 |
種別 |
有形文化財 |
指定年月日 |
H9.10.23 |
所在地 |
高千穂町大字上野3384番地(龍泉寺納骨堂) |
千手観音菩薩坐像は桧材の寄木造で、鎌倉彫刻の宋風による写実性を良く伝えている。細部の彫出にやや形式化がみられ、南北朝末から室町時代にかけての14世紀末の造立と推定され、その穏やかな作ぶりから京都の院派系の仏師の作になるものと考えられている。
また両脇侍は木造不動明王立像と木造毘沙門天立像である。どちらも桧材の寄木造で彫り口の上からも中尊と同工のものとみられ、当初から三尊一具の像としてされたものと考えられる。
これらが安置されている龍泉寺は第82代鳥羽上皇の第3皇子寒厳義尹(かんげんぎい)鳳凰禅師(永平寺第4祖)開山と伝えられ、開基は三田井氏と言われている。天正年間の大友の兵火やその後3回の大火に遭いながらも、本尊釈迦如来、地蔵菩薩とともに火難をのがれ、七百有余の永きわたり、広く信仰されている。

