詳細

泰平踊

 ( たいへいおどり )

指定者
種別 無形民俗文化財
指定年月日 S37.5.15
所在地 日南市大字飫肥本町・今町
(本町泰平踊保存会・今町泰平踊保存会)
 泰平踊は、飫肥藩(おびはん)時代の盂蘭盆会(うらぼんえ)の時に、藩主の菩提寺である報恩寺(現在の五百禩神社)で踊られていたものである。
 宝永4(1707)年、対立関係にあった薩摩藩との和解が成立すると、藩ではこれを祝って城下三郷の武士にも盆踊りへの参加を許可したことが泰平踊の起源といわれている。
 現在は、飫肥の本町と今町の保存会において伝承されている。今町の方は、踊る姿勢が高いので「鶴組」、本町の方は低いので「亀組」と呼ばれている。これらは、泰平の世を表す「鶴亀」を型どったものだといわれている。
 踊り手の衣装は、武士が折編みがさを目深にかぶり、羽二重熨斗目(のしめ)の着流し。朱鞘(しゅざや)の落とし差しに印籠(いんろう)を腰に下げている。町奴は編笠をかぶらず、手拭いの頬かぶりで、踊りは武芸十八般を型どっていて優美さがただよう。