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交差する歴史と神話みやざき発掘100年

日本古墳時代研究のはじまり
~大正期の発掘調査・風土記の丘~
Beginnings of Kofun period research in Japan: Excavations during the Taisho period/open-air museums and parks

大正時代発掘調査(西都原72号墳)

大正時代発掘調査(西都原72号墳)

 1912(大正元)年に始まる西都原古墳群の発掘調査は、日本における最初の本格的な古墳調査であり、古墳時代研究はここに始まった。しかし、その目的は、「皇祖発祥の地」の実証であった。黒板勝美や喜田貞吉と同期であった宮崎県知事の有吉忠一は、京都帝国大学の教授となっていた坂口昂に相談を持ちかけた。同大学の濱田耕作を中心に準備が進められ、京都帝国大学からは、坂口昂、今西龍、喜田貞吉、小川琢治、島田貞彦、梅原末治、内藤虎次郎、原勝郎、濱田耕作、東京帝国大学からは、黒板勝美、柴田常惠、原田淑人、鳥居龍蔵など、当時の中心的な機関の代表的な学者たちが発掘調査に参加した。発掘調査は、6カ年にわたり、前方後円墳5基を含む30基に及んだ。

1912年(大正元年)発掘調査

1912年(大正元年)発掘調査

 1965(昭和40)年代に「風土記の丘」整備事業の第一号として、広域に及ぶ面的な史跡整備に先鞭を付け、また1995(平成7)年度からは大規模遺跡総合整備事業の第一号として、新たな活用も含めた史跡整備の先駆けとなった。
風土記の丘整備事業での3つのゾーンに分けられた整備のイメージは、「森のなかの古墳群」「草原の古墳群」「古墳間での散策」であった。森を創出するため植樹も行われ、景観が創出されたのである。

 風土記の丘整備から四半世以上経過し、西都原古墳群の新たな大規模整備に取りかかったのは1995(平成7)年のことである。「大地に刻まれた歴史を読む」ことが史跡整備活用の本来的意義である。史的変遷を「読む」こと、追うことが可能なように、半世紀ごとに代表的な古墳を、かつ各種の墳形を概観し、立地のエリアも広域史跡の全体像の巡れるようにするなど選定し、整備が行われている。

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