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展示情報

公開中の遺物

百塚原古墳群(西都市)

宮崎県は、平成25~28年度にかけて県内に残る古墳の保護活用を進めるため、古墳本来の規模や形状・造られた時期などを把握する「重要古墳等保護活用推進事業」を行いました。
その継続事業である「みやざきの古墳保護・活用事業」では平成29~令和元年度の3年間、重要古墳等の調査(確認調査、墳丘測量調査、地中レーダー探査)、古墳データベースの作成(悉皆調査)、古墳の保護啓発活動を行いました。

今回の展示では、県内重要古墳の調査のうち、百塚原古墳群(西都市)資料を中心に、これらの事業成果を皆さんにわかりやすく説明しています。

百塚原古墳群は、特別史跡である西都原古墳群の西側の丘陵上に分布する古墳群です。

古墳群内からは国宝に指定されている金銅製馬具類(五島美術館蔵)が出土したとされており、宮崎県において特に重要な意味を持つ古墳群といえます。

※鉄製品は現在資料保護のため展示しておりません。

 

 

 

八幡遺跡(都城市)

八幡遺跡は都城市の市街地中央、大淀川右岸の台地上の標高約145mに立地します。

発掘調査の結果、近世から現代にわたる建物跡や溝状遺構、土坑、ピット(柱の穴)、井戸跡などがみつかりました。遺物は16~20世紀代のものを中心に、陶磁器(中国産・国産)・瓦類・土器・ガラス製品・金属製品など数万点におよんでいます。近世都城の城下町を記した絵図「庄内地理志」によると、この場所に武家屋敷があったことがわかりました。遺構の中でも階段を持つ3号土坑や井戸跡、おびただしい数の瓦・陶磁器が出土した5号土坑などは、出土遺物の年代から武家屋敷に関連する遺構だと考えられています。

   

内屋敷遺跡/上牧第2遺跡

内屋敷遺跡は、小林盆地底部の石氷川と種子田川にはさまれた、標高約212mのシラス台地上にあります。発掘調査の結果、縄文時代早期を中心とした遺跡であることがわかりました。
縄文時代の遺構は、集石遺構や、柱の跡(ピット)が楕円形に並んだ掘立柱建物跡(平地住居跡)が確認されています。
遺物は、この遺跡が宮崎・鹿児島・熊本3県の県境辺りにあるためか、各地域の特徴を持った縄文土器が入り交じって出土しています。また、石器の材料となる黒曜石の剥片や、石器をつくるときに生じる小さい石の破片が集中して出土する場所がみられることから、遺跡内で石器を製作したと考えられます。

 

上牧第2遺跡は、横市川と庄内川に南北をはさまれた標高約180mの丘陵上にあります。発掘調査の結果、縄文時代を中心とした遺跡であることが確認されました。
遺構は、縄文時代後期の竪穴住居跡が2軒確認されました。2軒とも円形で、中央は掘りくぼめられており、その埋土に炭化物が混じっていたことから、炉だったのではないかと考えられています。
また中世頃の遺構に、畝の跡とされる畝状遺構が確認されていることから、この時期は畑として利用されていたと考えられます。

小迫遺跡

小迫遺跡は、都城市の中心部から南に約11㎞の梅北町にあり、鹿児島県との
県境付近に延びる丘陵の尾根筋に位置します。
発掘調査の結果、後期旧石器時代と縄文時代や古墳時代~中世の遺構や遺物が
確認されました。
特に、後期旧石器時代から縄文時代草創期(13,000年前頃)へと移り変わる
頃の土器や石器、縄文時代早期(8,000~9,000年前)と縄文時代中~後期
(2,000~3,000年前)の集落跡が発見されたことは、都城盆地の歴史や
文化を明らかにしていくうえで、重要な成果といえます。

 

保木島遺跡

保木島遺跡は、都城市の中心部から南に約8kmの梅北町に位置し、都城市の南東部にある金御岳(標高472m)よりのびる丘陵の尾根筋から谷に向かう傾斜地にあります。
発掘調査の結果、縄文時代(早期、後期~晩期)と古代~中世の遺構、遺物が確認されました。縄文時代早期では、竪穴住居跡や集石遺構、炉穴、陥し穴状遺構、土坑などの遺構がみつかりました。遺物は、出土例の少ない耳栓(耳飾り)のほか、西北九州産のガラス質安山岩でつくられた打製石鏃などが数多く出土しました。また、妙見式土器がまとまって出土する例は少なく、貴重な発見となりました。

花木池平遺跡

花木池平遺跡は、都城盆地北東縁に位置し、都城市街地から北東に約12㎞、東岳川及び佐土原川流域に形成された標高約168mの河岸段丘上に位置しています。

調査の結果、江戸時代の水田遺構、古代の掘立柱建物跡、溝状遺構、畝状遺構、古墳時代の竪穴建物跡、土坑、溝状遺構、縄文時代後期の土坑及び自然流路を確認することが出来ました。古墳時代の中期~後期にかかる竪穴建物跡が6軒、その近隣で溝状遺構も確認されたことから、長い間定住する生活に適した地域であったことがうかがえます。遺物については古墳時代を中心に、縄文時代から近世までの幅広い時期の遺物が出土しました。

   

 

現在の展示状況

令和4年5月

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