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みやざき埋文ミニ知識

カチカチ火起こし火打石(発掘から見た火起こしの歴史)

 火打石(ひうちいし)とは、火打金(ひうちがね)を打ち付けて発した火花を火口(ほくち)に落とすことで火種を得る際にもちいる石のことです。
 火打石と火打金を打ち付けると「カチッ!カチッ!」と小気味よく鳴ります。「カチカチ山」という昔話は有名ですが、その名前は、ウサギがタヌキが背負っているたきぎに火をつける時に出た「カチカチ」という音に由来するとも言われます。また、宮崎でもよく見かける冬鳥のジョウビタキは、「カチカチ」と鳴く声が火起こしの音のようであることから、ヒタキの名が付いたという説があります。これらは火打石が身近な道具であったことを暗に物語っています。
 火打石は遺跡からよく出土する遺物の1つです。現在、宮崎県内の遺跡から出土する火打石の点数は、全国でも有数になってきています。


江戸時代の火起こしセット
(藤木聡氏提供)

いろいろな形をした火打金
(藤木聡氏提供)
物理的にみた発火の原理
 火打石の鋭い角を火打金に打ち付けると火花が飛びます。この火花は、火打石によって鋼(はがね)でできた火打金がちぎれ、急激な運動エネルギーが熱エネルギーへと変わることにより生じるものです。鋼と石を打ち付けたならば、石の方が割れるような印象がありますが、実際には石に負けてちぎれてしまった火打金の一部が火花の正体なのです。

宮崎県最古の火打石
 遅くとも7世紀後半になると、日本列島にも火打石と火打金による火起こしの方法が入ってきます。宮崎県最古の火打石は、8世紀後半~9世紀前半の竪穴住居跡を埋めていた土の中から発見されました。場所は西都市の宮ノ東遺跡です。一緒に使われたであろう火打金は、その調査では発見されませんでした。いずれにしても、全国的にも最古クラスの火打石が宮崎県でも出土しているのです。
地産地消の火打石
 火打石に使われる石は、近くの川原で手に入るものが基本的に選ばれました。つまり、地元の産物を地元で消費するという地産地消スタイルであったのです。火打石に使われる石は、石英・チャートが多数を占めており、この傾向は宮崎県最古の火打石からずっと続いています。「この石がよい」という知識は、親から子へ、子から孫へと伝わっていったと想像されます。
ブランド火打石は江戸時代にはじまった
 宮崎県内で出土する江戸時代の火打石の材質を見ると、白色半透明の玉髄(ぎょくずい)と青緑色基調の美しいチャートがよく目に付きます。とくに後者は現在の徳島県阿南市大田井(おおたい)に産するもので、江戸時代になって本格的に採掘されたものです。大田井産チャートを使った火打石は、最新の調査では、東は江戸から西は九州の長崎でも発見され、たいへん広く流通したブランド品であったことがわかってきました。このようなブランド火打石は江戸時代になってはじめて登場しました。
火打石利用の現在
 現在、普段の生活の中で、火打石を見かけることはほとんどありません。なぜなら、明治時代になってマッチが普及するようになり、火打石は火起こし具としての1000年以上の長きにわたる役割を終えてしまったからです。そして現在、火打石は厄除け等の「切り火」を打つ道具として役割を変えて使われています。

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